東京高等裁判所 昭和45年(ネ)2142号 判決 1973年6月25日
控訴人 アレキサンダー・ミュラー
右訴訟代理人弁護士 斉藤尚志
被控訴人 春名武雄
右訴訟代理人弁護士 鎌田俊正
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和四三年一〇月三日以降右金員支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張並びに証拠の関係は、つぎに附加、訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
一 原判決三枚目裏一行目「解除の日」のつぎに「の翌日」と加え、同行目「二日」を「三日」に訂正し、同四枚目表一一行目(五)項をつぎのとおり改める。
第五項中シマ・ミュラーが控訴人主張の頃死亡し、控訴人が相続人としてその権利義務を承継したことは認める。
二 控訴人は、「本件請負契約には、請負約款第二六の(2)b項に工事が工期に完成する見込がないときは契約を解除することができるという控訴人主張の解除約款の定めがなされていたところ、本件請負契約において工期を昭和四三年一〇月二五日と定めたのは、右期日までに工事の完成、引渡しを受け、宣伝その他の準備を考慮し、一一月初には開店してその年のクリスマスの営業に備えるという目的のためであったから、右工期に工事が完成しなければ、契約の目的を達することができないという事情にあった。しかるに、右期日に工事が完成する見込みがなかったので、控訴人は同年一〇月二日前記解除約款に基き本件請負契約を解除した。従って、被控訴人は右解除による原状回復義務として被控訴人に対し工事前渡金一〇〇万円を返還する義務があるが、遅延損害金は、契約解除の翌日である昭和四三年一〇月三日以降の分を請求する。」と主張を補足し、被控訴人は、「控訴人の右主張事実中本件工事が昭和四三年一〇月二五日の工期までに完成しなければ契約の目的を達することができなかったとの点は争う。本件請負契約の工期変更約款に基き、被控訴人主張の日頃まで右工期が延長されても、その時までには工事は完成し、同年のクリスマスの営業には十分間に合っていたのであるから、控訴人が被控訴人の正当な工期変更の申入れに応ぜず、直ちに本件契約を解除したことは信義則に違反し、かかる解除権の行使は無効である。」と答えた。
三 証拠≪省略≫
理由
一 シマ・ミュラーが控訴人主張の頃死亡し、控訴人が相続人としてその権利義務を承継したことは当事者間に争いがない。
二 昭和四三年九月一三日シマ・ミュラーと被控訴人間に、遅くとも一一月初には開店できるように工事を完成させることの約定があったとの点を除き、控訴人主張の内容の建築工事請負契約が締結され、同日シマ・ミュラーから被控訴人に対し工事前渡金として金一〇〇万円が交付されたこと、シマ・ミュラーが、同年一〇月二日被控訴人に対し、右建築工事が約定された同月二五日の工期までに完成する見込みがないことを理由に、右請負契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがなく、右工期までに工事が完成する見込みがなかったことは被控訴人の主張自体に徴し明白である。
三 そこで、右契約解除の意思表示が無効であるとの被控訴人の抗弁について判断する。
(一) 本件請負契約に、「正当な理由があるときは請負者はすみやかにその理由を示して注文者に工期の変更を求めることができる。」旨の合意がなされていたことは当事者間に争いがなく、被控訴人が昭和四三年一〇月二日シマ・ミュラーに対し工期変更の申入れをしたが、同人はこれを承諾せず、前記のとおり契約解除の意思表示をしたことは控訴人の認めるところである。
(二) 被控訴人は、右の工期変更についての約款の趣旨は、請負人から工期変更の請求があったときは、当然相当期間工期は変更される旨主張するけれども、≪証拠省略≫の本件工事請負契約約款第二三条の(3)項によれば、正当な理由があるとき、請負人がすみやかにその理由を示して工期の変更を求めた場合においては、工期の変更日数は注文主と請負人が協議して定める旨規定されているので、前記工事変更についての約款の趣旨が、被控訴人の主張するように、請負人の請求により当然に相当期間工期が変更されるものであったとはいえず、右の主張事実を認めるのに足りる証拠もなく、右の場合における工期の変更日数は前記条項の定めるところにより注文主と請負人が協議して定めなければならなかったのである。しかしながら、さらに前記約款第二七条の(1)のb項によれば、注文主が正当な理由がなく、第二三条(3)による協議に応ぜず、請負人が相当の期間を定めて催告しても、なお解決の誠意が認められないときは、請負人は工事を中止することができ、同条の(2)のa項によれば、注文主の責に帰する理由による工事の遅延または中止期間が、工期の三分の一以上または二月以上になったときは、請負人は契約を解除することができる旨の規定がなされているので、これらの規定をあわせ考えると、本件請負契約においては、請負人がすみやかにその理由を示して工期の変更を求めた場合、正当の理由があるときは、注文者は、まず、工期の変更日数について請負人と協議する義務があり、正当な理由による工期変更の申入れがなされたにもかかわらず、注文主が当初定められた工期に固執して、工事が同工期内に完成する見込みがないというだけの理由で直ちに契約を解除することは許されないものと解するのが相当である。
(三) そこで、被控訴人のした前記工期変更の申入が前掲約款第二三の(3)の場合に該当するか否かについて検討してみるのに、
(イ) ≪証拠省略≫によれば、本件請負契約は、シマ・ミュラーがレストランを経営するための店舗の建築を目的として締結されたものであるが、工事完成日が昭和四三年一〇月二五日、引渡しの時期が、完成の日から五日以内とされているところから、注文主としては、同年一一月初頃には開店し、同年のクリスマスの営業に利益をあげる計画であったことが窺えないでもないが、本件契約による建物の使用目的および契約約款に前記のような工期変更を認める条項が定められていることなどの点から考えると、工期の変更により営業上の不利益を蒙ることがあるにしても、契約上右工期の遵守が契約の目的達成に絶対必要であって、工期の変更を全く許さない趣旨であったとは認められない。
(ロ) 本件請負契約締結後被控訴人が工期変更を申入れるに至るまでの経緯および約定の工期に工事が完成する見込みがなくなったのは、専ら建築確認の遅れに由来するものであって、工期の遅れを被控訴人のみの責に帰することができないことの事情は、原判決がその理由三の(3)の(イ)ないし(ハ)(原判決一〇枚目表四行目から同一二枚目末行目まで、但し、同一一枚目裏五行目の「東京建鉄を「清水建鉄」と訂正する)に認定するところと同一であるからこれを引用する。当審において取り調べた証拠によっても右の認定を覆えすのに足りない。
(ハ) ≪証拠省略≫によれば、被控訴人は、昭和四三年一〇月二日シマ・ミュラーに対し、前記のように建築確認許可が遅れている事情を説明し、工期の変更を求めていることが認められるところ、前段認定によれば、右工期変更の申入れには正当の理由があるものと認められるから、シマ・ミュラーとしては、右申入れに応じ、工期の変更日数を協議したうえで、新たに工期を定めるか、あるいは解約するかの方法をとるべきであったのである。
(四) しかるに、前認定のとおり、シマ・ミュラーは被控訴人の工期変更の申入を承諾せず、工期変更の協議に応ずることなく、単に、工事が工期に完成する見込みがないことだけの理由によって直ちに本件請負契約を解除したのであるが、かかる解除の意思表示は、前記工期変更約款の趣旨に反し、その効力を生じなかったものというべきである。
四 以上の次第であって、本件請負契約が有効に解除されたことを前提とする控訴人の本訴請求は失当というべく、これを棄却した原判決は相当である。
よって、本件控訴はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条および第九五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 畔上英治 裁判官 下門祥人 唐松寛)